薄暗い部屋に一人、細身の男が横たわっている。やつれてはいるが、美しい容貌をしている。すっと整った眉は緩やかな弧を描き、薄い唇は、乾いてはいるが仄かな桜色をしており美しい。

「勝元様……お館様。薬湯をお持ちしました」

「政国か。すまない。感謝致す」

勝元と呼ばれた男は起き上がり薬湯を受け取ると、ぐい、と一気に腹へと流し込んだ。飲み終わった椀を政国へと渡すと、勝元はしわぶきひとつすると、政国に尋ねた。

「聡明丸はいかがしておる」

「安富と、庭で剣術の練習をしております。大戦の最中だというに、お館様に似て活発な子でございます。はよう戦を終わらせ、父であるお館様がうんと遊んでやらねばなりませぬな」

政国は、お館様に似て、とことさら強調して言った。政国は勝元の二歳年長の細川典厩家の出のものである。勝元とは通称も六郎と同じくし、兄弟のように育ってきた。それ故、幼い勝元の実子聡明丸と主を重ね合わせることが度々あるのだろう。

「して、山名方はなんと?」

「山名方は、単独でも講和を受け入れるとの事。細川方に降伏せんとの事でございます。宗全入道亡きあと、もはや戦をする意味もあるまいのと判断でございましょう。我らとて気持ちは同じ。だた、政則殿がどうでるか……」

応仁元年から未曽有の大戦が始まり、七年の月日が経とうとしていた。最初は小さな諍いであった。畠山家のお家騒動に、自分と舅・宗全が口を挟んだことにより、騒ぎが大きくなった。そうして畠山家の家督争いだったものは、宗全と勝元の対立となり、勝元は、舅であり恋人であった宗全と戦うことになってしまった。本当は、こうなるはずではなかった。山名と細川は二十年もの間、ともに手を取り合い歩んできた仲であった。勝元は戦の最中、何度も後悔した。しかし、今更後悔したところで、遅い。

「ごほっ……げほっ……」

 口に手を当てて咳をすると、べったりと血がついている。自らを侵す病が酷く進行していることは、医術の研鑽を積んでいる勝元には、わかる。もうじき自分が死ぬであろうことも、理解していた。

「お館様、すぐに薬師を呼びまする。しばしお待ちあれ」

政国が急ぎ部屋から飛び出していく。再び一人になった勝元は、ふう、と大きなため息を吐いた。

「宗全入道……舅殿……」

もはやこの世の人ではない、嘗ての恋人であった宗全入道の名を呼ぶ。呼んだところで誰も返事はしない。勝元はゆっくりと横たわると、そのまま目を閉じた。

***

真っ暗な道だ。足元がうっすら見えているほか、何も見えない。いつの間にか、勝元はそんなところにいた。向こうで誰かが自分を呼んでいる気がする。勝元がゆっくりと歩みを進めると、急に視界が開け、戦のなかったころのかつての美しい京の都に出た。

「これは、いったい……」

勝元が戸惑っていると、再び声がする。声のほうへ向って歩く。暫くすると、人影が見えてきた。どうやら自分を呼びながら手を振っているらしい。

「なにゆえ……死んだはずでは……」

勝元の目の前には、宗全がいた。長年共に歩み、のちには戦い、つい二か月ほど前に命を散らした、宗全の姿があった。

「婿殿! お久しゅうござる!」

間違いない。懐かしい宗全の声だ。勝元はふらふらと宗全に走り寄ると、その胸に飛び込んだ。

「なにゆえ、斯様なところに……?」

「分からぬ。儂も気づいたらここに居った。したらば婿殿の姿が見えた故、こうしてお招きしたまでの事」

勝元は愛しい人の空気を胸にいっぱい吸った。目からは涙があふれてくる。

「婿殿。男であろう。泣くでないわ」

「しかし……」

勝元は宗全に会えた嬉しさで、涙を流していた。宗全は勝元を慰める術がわからず、ただただ背中を撫でている。

「会いとうございました」

「儂もだ」

そういうと、見つめあい、どちらともなく接吻をする。長い接吻を終えると、宗全が勝元に言った。

「さあ、ともに参ろうか。諍いも、敵もない穏やかな場所へ……」

「はい、舅殿」

宗全と勝元は花の御所を目指して歩き始めた。そして、途中で二人の姿は霧の中に消えていった。

***

「お館様、薬師を……」

政国が勝元の部屋へ薬師を連れて戻ると、勝元は既に息絶えていた。

「お館様……」

邸の外では、しとしとと雨が降り始めている。

文明五年五月十一日の事であった。