政元がその小さな体を略奪という形で一宮宮内大輔に攫われた日。政元はお気に入りの内衆の香西元長と同じ細川一族の一人である細川政賢と川辺で遊んでいた時であった。

細川政元は細川京兆家の当主である。先の大乱の東軍総大将であった細川勝元の息子で、同族連合体制をとる細川氏の頂点に君臨する幼き当主だ。政元は十四歳とまだ若年であるため、実権は依然として内衆(細川京兆家の被官人。安富氏や波多野氏など)らにあるが、行く末は政元が細川一族を率いていくことになるだろう。その容姿は端麗で、細川家のものにしては珍しい真っ赤な大きな瞳はきらきらと輝き、鼻や口は小さく整っており、目元のほくろがどことなく愁いを秘めていて煽情的である。水干姿の政元は、髪は高く結い上げて、風に吹かれるままにしている。

香西元長、通称又六は政元よりも三つ年長で、多くを語らないが、政元の意思をよく理解し、動いてくれる男である。又六は普段からやや眠そうな顔をしているが、すらりとして背が高く整った顔立ちの少年だ。真新しい濃紺の直垂と烏帽子をかぶったその姿は、まだ少年の幼さを思い起こさせる。

細川政賢は細川典厩家の出身のもので、政元の父・勝元を支え続けた政国の子供である。政国は政元の教育係でもあり、その息子の政賢は父に政元と共に学問の指導や弓などの武芸の稽古をよくつけてもらっていた。そんなこともあり、政元と政賢は兄弟同然のように育ち、政賢は政元のことを深く理解している内衆である。政賢は内衆の中でも政元が絶対の信頼を寄せている一人になった。政賢は細川一族の血統の証である深い翡翠の色の瞳をしており、その目はくりくりとして丸い。髪は薄茶色で、一つに纏め、烏帽子の下から流している。

政元、元長、政賢の三人が川辺で遊んでいるところに、丹波国の被官人である一宮宮内大輔がやってきた。一宮宮内大輔は、常に難しい顔をして評定の場に現れる大人たちとは違い、時々こうして政元たちと遊んでくれる珍しい存在だ。

「御三方。某と共に隠れん坊をいたしませぬか? 鬼はこのわたくし、一宮宮内大輔がつとめますゆえ、御三方は何処となりとも隠れてくださりませ。どこまで行かれても構いませぬ。某がきっと見つけ出して差し上げますぞ。もし某が負けました折には菓子でも買うて差し上げましょう」

普段は宿老たちに囲まれ、政治の話ばかり聞かされ、なかなか大人と遊んでもらえる機会がない政元は一宮の言葉にこの上なく喜び、二つ返事で快諾した。普段と違い、どことなく不自然に視線を泳がす一宮宮内大輔の様子を不審に思いながらも、主の政元がうんと言うのなら……と、政賢と元長も承諾した。

「では、某が三十数える間に隠れてくださいませ」

「うん!」

「いきますぞ」

 政元たちは一宮が数を数え始めると、一斉に駆け出した。政元は一目散に駆け出し、深く生い茂る薄野原へと飛び込んだ。

「政賢、元長。ここは私が隠れるから、ほかのところに隠れるのだぞ。絶対に見つかるなよ。宮内大輔にたくさん菓子をねだろう」

政元は嬉しそうに薄をかき分けながら、より見つかりにくいような場所を探す。

政賢と元長は、先ほどの一宮の動向から、政元から遠く離れるのは危険だと判断し、政元に見つからないような近くの木の陰に腰を下ろした。

しばらくして、一宮宮内大輔が政元たちを探しにやってくる。政元はクスクス笑いながら薄のなかに身を潜めていた。

「ははん。お館様の事だ。きっとこの薄の中におられますな?」

そういって一宮宮内大輔は薄をかき分けながら政元を探し始める。政元は「しまった。お見通しであったか」と思いながら息をひそめる。

「おお、見つけましたぞ!」

一宮宮内大輔は政元を見つけるやいなや、政元をひょいと抱き上げた。

「見つかってしまったか。だが、まだ政賢と元長が見つかっていないぞ」

政元は抱き上げられたまま足をバタバタと動かし宮内大輔を蹴り飛ばす。それはまだ政元が幼い子供であることを物語っていた。

宮内大輔はこれ以上お館様に蹴られてはたまりませぬ、と言うとゆっくりと政元を地に下ろした。そして、優しく笑いながら、政元に言う。

「お館様、隠れん坊はやめて、某と共に丹波に参りませぬか? 我ら一宮一族がお館様をお迎えいたす所存」

 政元は先程とは違い、すぐには承諾せずううん、と唸る。

「政国に聞かないと」

遊びに行きたいのはやまやまだが、幼いとはいえ京兆家の当主である自分が身勝手に遊びに出かけたとなれば、政国に拳骨をもらうのは明白である。それは嫌だなあと政元が頭をひねっていると、

「あとから報告すればよろしい」

 と宮内大輔は言った。

 一宮宮内大輔は内心焦っていた。ここで政元が丹波に同行することを承諾してくれなければ、とある計画が失敗してしまうからである。

一宮は丹波国の被官人である。しかし、近頃丹波国守護代の内藤元貞に所領を押領され、細川京兆家……政元に訴えかけたものの、内衆の合議により「所領返すに及ばず」の判決が下ったうえ、一宮一族は討伐されるという憂き目にあった。それに反発した一宮一族は政元を丹波に連れ去り、自分たちの正当性を内衆たちに主張しようという計画を立てたのであった。その中心にまつりあげられたのが宮内大輔であった。

「政賢や元長も一緒?」

「お館様お一人で、でございます」

「えっ?」

「御免っ」

宮内大輔はもはや我慢ができなかった。急ぎ丹波に戻らなければ。計画が露見してしまうのも時間の問題だ。宮内大輔は政元の急所を手際よく撲つと、気絶した政元を抱えて走り出した。すぐそばには、馬を繋いである。丹波まで一息に駆けてしまえばこちらのものだった。

「宮内大輔! 待て!」

名前を呼ばれて後ろを振り返ると、二人の子供が宮内大輔を追いかけてきていた。

「お館様を返せ!」

追いかけてきた子供のうちの一人、香西元長が刀を抜いて宮内大輔に向かってきた。宮内大輔は細身ではあるが、立派な大人の武士である。子供に負けるはずがなかった。政元を近くの草むらの上に放り投げると、刀を抜き元長に応戦し、元長の刀を高く跳ね上げる。飛んで行った元長の刀が、草むらの中に落ちた。

「政賢、早く宿老たちに知らせよ!」

「わかった、急ぐ!」

刀を失った元長が、それでも宮内大輔に向ってくる。目には怒気を含んでいるようだった。

「お館様を返せ!」

「しつこい奴め」

「ぐっ……」

刀の柄で元長の鳩尾を力いっぱい殴ってやると、元長はその場に倒れこんだ。宮内大輔はぐったりとしている政元を抱き上げると馬にまたがり、丹波へ向かって駆け出した。後ろのほうで「お館様を返せぇ!」と何度も叫ぶ声がしたが、宮内大輔は気にも留めずに走り去っていった。

***

一宮宮内大輔は丹波の自邸にたどり着くと、邸の一室に政元を幽閉した。急所を強く撲たれた政元は、しばらく目を覚ます気配は無さそうであった。

「お館様。本当はこんなことしたくなかった。しかし、貴方が我ら一宮一族を軽んじられるのであれば、我々もそれ相応の行動を起こさねばなりませぬ……」

ぼそぼそと譫言のようにつぶやいている宮内大輔のもとに、一族である賢長がやってきて焦り声で言う。

「宮内大輔! まずいぞ! 細川一族はお館様……いや、もはやお館様と呼ぶのもおかしいか。内衆らは現当主である政元を見捨て、新たに勝之を当主とせんとの事」

「なんだと」

細川家の内衆はまだ幼い当主を見捨て、かつて勝元の猶子であった野州家の勝之を当主とし、体制を整えようとしているらしい。これでは政元を攫ってきた意味など全くない。つまり、内衆にとって政元は殺されても構わない存在だということなのである。

更には、丹波国守護代の内藤、内衆の庄や安富らが一宮一族誅伐のために兵を挙げんとしているらしい。

一宮一族が滅ぼされるのも、時間の問題であった。

***

宮内大輔は半ば自暴自棄になっていた。政元を痛めつけたところで何かが解決するわけでもなかったが、国人衆の事など何も知らないでお綺麗なところにとまっている御当主様を痛めつけてやりたい、その一心であった。そうして、宮内大輔は政元を無理やり犯すことを決意したのだった。

「政元様。お館様。お聞きください。あなたは御自分の内衆に見捨てられたのです。もはやあなたは京兆家の当主などではなく、非力なただの子供。わたし……この一宮宮内大輔があなたに何をしても誰も口出しすることはありますまい」

一宮宮内大輔が縛られている政元を抱き起こした。薄汚い部屋に放り込まれていたせいか、あちこち煤で汚れてはいるが、美しい顔立ちの少年である。

「……! 何? やめて! なにをするの?」

後ろ手を縄で縛られた政元の衣服に手をかけ脱がせようとしたところで、ようやく目を覚ました政元が悲鳴を上げた。宮内大輔は政元の悲鳴を聞き、にやりと笑い、政元の耳元で残酷な言葉を囁く。

「なにって、決まっているじゃあありませんか。今からあなたを抱く。内衆にも見捨てられた、哀れな京兆家の元当主様を抱く。せっかく攫ってきたのに用済みになったからといってむやみに殺すのも勿体ない。それにあなたを殺せばこちらの持ち駒もなくなってしまうというもの。せっかくきれいな顔をしているのだから、この手に堕としてみるのも悪くない。ここまで言えばわかるでしょう……そう、単なる憂さ晴らしです。ただそれだけですよ」

そういうと、一宮宮内大輔は薄汚れた部屋に放り込まれたせいですっかり汚れてしまった政元の水干を乱暴に脱がせていく。

宮内大輔の言葉の意味を理解した政元は必死になって抵抗するが、子供の力では大人である宮内大輔の力にかなうはずもなく、あっという間にすべての衣服を剥ぎ取られてしまった。

「嫌……嫌……どうして……」

冷たい床の温度が背に痛い。宮内大輔は構わず、まだ幼さの残る政元の細い身体をまさぐり始める。

優しかったころの宮内大輔のことを思い出して、政元は涙を流した。どうしてこんなことになってしまったのか。幼い政元には、まだ理解ができなかった。

宮内大輔は政元が嫌がるのも構わず、快楽を引き出そうと小さな身体をまさぐる。しかし、政元の反応は思わしい物ではなく、政元の口からは「嫌だ」とか「やめて」としか発せられない。業を煮やした宮内大輔はとうとう政元の秘所に手を伸ばした。

「嫌! お願い……やめて……!」

政元がいやだいやだと頭を振って力なく懇願する。身をよじって宮内大輔の下から逃げようとするが、宮内大輔にがっちりと押さえつけられた身体は動かない。

「アッ――」

つぷりと、宮内大輔の指が政元の中に挿し込まれた。あまりの激痛に政元は声も出せない。

「だんだんとよくなりますから、暫しご辛抱くだされ」

 宮内大輔は何度も指に唾を付け、政元の中にゆっくりと指を挿し入れていく。指が出し入れされるたびに、政元は声にならない悲鳴を上げる。

「あっ……」

しばらくして、宮内大輔の指が政元の中のある一点をかすめたとき、政元の口から甘い声が漏れた。

「ここですね」

一宮宮内大輔は政元がいい声で鳴いた所を集中的に責め立てる。同時に中心のほうも扱いてやると、政元はとびきり甘く切ない声を上げながらあっけなく精を吐いた。

「今の、何……?」

政元は、はあはあと肩で息をしながら、精液で汚れた己の腹を見ている。政元は自分の身に何が起こったのか理解できないようだった。

「精を吐くのは初めてでございましたか」

「せいをはく……?」

政元は、ぼんやりと宮内大輔を見つめる。

「気持ち、よかったでしょう?」

政元は顔を赤らめて俯く。無理矢理性的な行為をされたのに、気持ちよくなってしまった己を恥じているのであろう。もじもじと内腿を擦り合わせている。

「もっと気持ちよくさせて差し上げますからね」

そういうと、宮内大輔は自身の張りつめた赤黒い陰茎を取り出した。政元は何をされるのか分かったようで、再び暴れ始める。瞬間、政元の頬が鳴った。

「いい加減観念なされよ! あなたはもはや人質としての価値もない無力な子供だ! 誰も助けには来ぬ!」

「ひ、」

「入れますよ」

「嫌だ、助けて、あああああああ!」

政元の懇願むなしく、細い体に大きな楔がうち込まれる。政元は必死で痛みをこらえる。狭く熱い政元の中に、宮内大輔はふうと大きく息を吐いた。

「動きますぞ」

「うっ、……ぐっ、ひぃ……」

宮内大輔が腰を波打たせるたび、政元の口から悲鳴とも喘ぎとも取れない声が漏れ出る。宮内大輔はぎゅうぎゅうと己の陰茎を締め付けてくる政元の中に快楽を感じながら、囁く。

「とんでもない淫乱ではありませんか。初めてだというのに、わたしの男茎を咥えて離さぬ。もっともっととねだるようにうごめいているではございませんか」

 政元は痛みからくる涙か快楽からくる涙かわからぬ涙と、鼻水と、打たれたときに切れた唇から流れ出る血でぐちゃぐちゃになっていた。先ほど精を吐いたばかりの政元の陰茎も、中を穿たれ擦られる痛みにより、すっかり縮こまってしまっていた。

「あっ、ああっ」

元主である政元を征服する喜びは計り知れなかった。目を閉じ、痛みに耐える政元はさながら美しい天女のようである。政元の目元のほくろが、宮内大輔を誘っているようである。そう思うと、宮内大輔はますます興奮した。興奮した宮内大輔は政元を自分の上に乗せると、自ら腰を振るように指示した。しかし、政元は嫌だ、といい全く動こうとしなかった。頑なな政元の態度に腹を立てた宮内大輔は、政元の右頬を強く殴った。勢いで、政元の中から宮内大輔の陰茎が抜け落ち、政元が床に倒れる。

「素直に言うことを聞けばこれ以上痛い思いをせずに済むが」

宮内大輔は強く殴られ痛みに横たわる政元を足で転がし仰向けにさせると、政元の陰部を軽く踏みつける。

「如何致す」

 政元は陰部を踏みつけられている恐怖で何度も頷いた。

「初めからそうしておればよいものを」

 宮内大輔は大いに笑うと、胡坐をかき、政元にその上にまたがるように言った。

「うっ……」

政元は宮内大輔に指示されたとおりに上に乗った。政元の自重で、ずぶずぶと宮内大輔の男茎が中に入ってくる。尻に異物を挿入されている不快感は拭うことはできず、政元は呻き声をあげる。そんな政元の様子を、宮内大輔は楽しそうに眺める。気まぐれに下から突き上げてやれば、衝撃で息のできない政元が鯉のようにはくはくと口を動かした。

「嫌……」

「減らず口を叩くな」

ばちん、と政元の左頬が鳴る。政元が痛みに強く目を閉じると、あふれ出る涙が頬を伝った。

「う、あ……」

 宮内大輔は体位を後背位に変えると、政元の奥深くを幾度となく穿った。そのたびに政元の目からとめどなく涙が零れ落ちる。もはや先ほどのように対抗することは少なくなっていたが、それでも身体を捩り、どうにかこの責め苦から逃れようと反射的に体が動いた。宮内大輔は政元が逃げようとするたびに、後ろから髪をつかんで頭を揺さぶったり、身体を打ったり、首を絞めたりした。そんなことを繰り返しているうちに政元の身体はあちこちが痣になり、痛々しい様になっていった。宮内大輔は傷だらけの政元を見て、より興奮を覚えた。

「そろそろ、か。出すぞ……」

「うぐ、……ぎ……」

 宮内大輔が絶頂を迎える頃。政元は半分白目をむいており、もはや宮内大輔の声は届いていないようだった。

「うっ……」

宮内大輔が大きく体を震わせると、熱い迸りが政元の奥深くに流し込まれる。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

政元はあまりの熱量と激流に翻弄され、譫言のように何度もごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返すとそのまま気を失った。

***

次に政元が目を覚ました時には、下卑た男が目の前にいた。どうやら食事を持ってきたらしい。政元の腹が鳴る。政元の腹の音を聞いた男は、飯が食いてぇなら俺のブツを咥えな、とにやにやと笑いながら下卑た見た目に相応しい要求をしてきた。幽閉されてから丸二日間ほど何も食べていなかったため空腹の限界であった政元は、言われたとおりに男の陰茎を咥えた。しかし、政元は口淫などしたことがなかったので、男のモノに歯を当ててしまった。すると、男は激しく怒り政元を何度も殴打した。

「やめて! 痛い!」

強く殴られ、思わず悲鳴をあげる政元に、男がさらに激昂する。

「痛いのは俺のほうだ! 歯を当てるとは何事だ! 死にてえのか!」

何度も強く殴られ、政元は痛みに涙を流す。

このような恥辱を受けることになるとは、夢にも思っていなかった。政賢や元長はどうしているだろうか。兄弟同然に育った彼らも、自分を見捨てると決断してしまったのだろうか。政元はすっかり意気消沈し、徐々に抵抗することもなくなっていった。

***

幽閉されてから、はや四か月。もはや、政元の心は限界であった。いままで京兆家の邸で何不自由なく過ごしてきた政元にとって、この丹波一宮邸での出来事は地獄でしかなかった。毎日のように身体を暴かれ、殴られ、気絶するように眠る。そして、自分を見捨てた細川一族及び京兆家の内衆たちの動向を日々語り聞かせられる。自分を見捨てた内衆の話を聞かされるたび、徐々に政元の心は死んでいった。

政元は何度も殴られて腫れた頬をさする。身体中には荒々しい情交の痕が見るも無残に残されていた。

「この世には、神も仏もいない……誰も私を助けてはくれない……ははは、あははは、あははははは!」

薄暗い部屋で、政元は自らを抱きしめ、幾度となく涙を流した。

殴る蹴るを繰り返され、死なない程度に粗末な食べ物を与えられ、身体をなぶられ続け、すっかり憔悴しきった政元の頭にどこからともなく声が響いた。

『お前はこの世界を変えたいか』

うっすらと目を開けてあたりを見回すが、そこには毎晩のように自分を犯し続ける一宮宮内大輔の姿も、毎日政元のもとにやってきて粗末な食事と引き換えに身体を要求してくる下卑た男の姿もなかった。

「誰?」

『私は鞍馬の大天狗』

「大天狗?」

『そうだ。お前は神仏などいない、とこの世界に絶望しているのだろう? この世界を、お前の力でお前の思い通りに変えたくはないか』

「変えたい……こんな責め苦、もう耐えられない」

『ならば私と契約をせよ。お前の望むものをすべて叶えてしんぜよう。ただし、契約には代償がつきものだ。お前は――』

「構わない! 契約する!」

「いい心意気だ」

契約する、と言った政元の目の前に、背に大きな黒い翼をもつ青年が現れた。政元があっけにとられていると、大天狗と名乗る青年は跪き、政元の前に低頭した。

「私は鞍馬の大天狗。何なりとご命令を」

「命令?」

「ええ。私は人ならざる者ですからね。できぬことはございませぬ」

「一宮宮内大輔を殺すこともできるのか?」

「勿論」

「ならば殺してくれ! 私を夜毎苛む、あの男を殺してくれ!」

「かしこまりましてございます」

にたりといやらしい笑みを浮かべた大天狗が政元の視界から消える。すると次の瞬間、大天狗が何もないところから一宮宮内大輔の首を携えて現れた。

「これでよろしいですか?」

大天狗は血に濡れたまだ暖かい生首を政元のほうへと放り投げた。べっとりとした血が、政元の水干にこびりつく。宮内大輔の首は、まだ自分が死んだことを理解できていないような素っ頓狂な顔をしていた。

「ひっ……」

先の戦もあり、死体を見るのは慣れている政元であったが、つい先ほどまで身体を繋げ交わっていた男が首だけになっているのを見て、怖気づき身震いした。

「何を怖気づきなさる。あなたが望んだことでございましょう。さあ、この首をもってほかの一宮一族にゆすりをかけるのです」

「ああ、わかった……」

「と、その前に。契約の証をその体に刻み込ませていただきたく。目に見える場所であればあるほど、契約は大きな効力を持ちますが……如何なさいます?」

「それならば、私の目を捧げよう。山名の赤目と一族からも内衆からも蔑まれたこの目を取ってくれて構わない」

「左様でございますか。契約の証として目をいただけるのは大変ありがたいのですが、それでは今後に支障をきたしましょう。あなたがご自身の目を忌み嫌っているのはわかりました。なれば、あなたの祖父や父と同じ細川の翡翠の瞳を差し上げましょう」

「え……ああああああ!」

大天狗がにわかに政元の左目に手を翳すと、バチバチと閃光が走り、政元の左目からは煙が立ち上った。目を抉りとられるような痛みが政元を襲う。暫くして、ようやく大天狗の手が政元の左目から離される。

「う……」

「如何です?」

大天狗はどこからともなく鏡を取り出し、人の悪い笑みを浮かべながら政元に鏡を見せる。

「なんだ、これは……」

鏡を覗き込むと、政元の左目が父と同じ濃い翡翠色になっていた。

「これが契約の証です。この目がある限り、私はあなたのしもべ。そういう契約です」

「そうか」

政元は興味なさげに言った。大天狗はつまらなさそうな顔をすると、そっと鏡をしまった。

「それで、ほかの一宮一族をゆするには……具体的にどうすればいい」

「そうですね……おや。ちょうどいいところに。もうじきこの部屋に一宮一族の賢長がやってきますよ。彼を使いましょう」

***

「宮内大輔、まだ取り込み中か? ……返事をせぬなら、入るぞ」

そういうなり、一人の男が政元の幽閉されている部屋の戸を開いた。

現れたのは、大天狗の言う通り、一宮一族の賢長であった。

「ひっ」

戸を開けた瞬間、血に濡れた一宮宮内大輔の首と賢長の視線が合う。腰を抜かした賢長の首に、背後から忍び寄った大天狗が刀を突き付ける。そこに、部屋の陰から現れた血濡れ水干の政元が賢長に語りかけた。

「賢長よ、宮内大輔の二の舞になりたくなくば、今すぐ安富の陣に使いをやり降伏を申し入れよ。その際にこの宮内大輔の首をもっていくがよい。……政元を救うべく一宮宮内大輔父子を討ったとでも申せば、今後のそなたの地位が脅かされることはあるまい」

「何を……」

「口答えするな。死にたいのか?」

政元が大天狗に目配せする。大天狗はにやにやと笑いながら握っている刃を賢長の首に食い込ませる。薄皮が一枚切れ、賢長の首から僅かに血が流れた。

「わ、わかりました。すぐに使いを出します。命だけは、どうかご容赦を」

「それでよい」

政元は宮内大輔の首を賢長に投げつけると、とっとと行け、と顎で促す。

賢長が去ると、政元は小さくその場にうずくまった。

「如何なさいましたか」

「……正直に申せば、怖かった」

「左様で。しかしこれからはもっと惨いこともしていかねばならぬのですぞ」

「わかっておる……」

「手始めに、義兄殿は如何なされるおつもりで」

「どうなることやら。きっと、細川は割れるな。私がおらぬ間、内衆や宿老らは義兄である勝之を担いでおったらしいからな。私が館に戻らば、ひどく狼狽するに違いない。最初の関門は義兄上か。これから忙しくなるぞ」

政元は立ち上がり、水干の紐をきつく結びなおすと大天狗に言った。

「して。そなた、名はないのか。大天狗、が名なのか?」

「名など、とうに忘れました。呼んでくれるものもおりませんので」

「そうか……ならば、司箭院興仙という名はどうだ。今考えた」

「では、今後はその名でお呼びください」

興仙が軽く微笑むと、政元もつられて微笑んだ。